心とは何か




心理学は心を対象とします。
でも、心とは何でしょうか。
心とは一体どのように形成されるのでしょうか。

前々回に心理学とは何かと書きました。
ここでは國分先生はこころとは目で見えなく観察しにくいが、行動(反応の仕方)は観察・測定ができると考える。
心理学とは「個体の行動を研究する」と語っておられました。

でも、私は敢えて「心とは在る」ものと捉え、書きすすめたいと思います。
(そして個体の行動と心については次回書きたいと思います)。

「心」。

私は心には2種類あると思います。
ここでは恐怖を例にとりたいと思います。

1つめは、本能的なもの。
例えば町を歩いていてライオンに遭遇。誰でも恐怖を感じます。
これは生存、命にかかわるからではないでしょうか。
人間以外の生物も持っている原始的な心です。

2つめは、人生の経験によって恐怖を学習したもの、もしくは未学習なものについて恐怖を感じる(心理学でいう心とはこれを対象としていることが多いです)。

a 人の目が怖い。
b 水泳が怖い。
c スピーチが怖い。

a 人の目が怖い(学習により恐怖を感じる)

私たちが生きることにおいて学習による恐怖は非常に人生を困難なものにします。
それは、その恐怖が固定されているからです。
そして、恐怖は恐怖心とも表現出来ますので、やはり「心」です。

人の目が怖い。これは対人不安、対人恐怖、視線恐怖です。
自分が人から見られ、どう思われているかに不安、恐怖を感じます。

しかし、この過剰にまで感じる人に対する恐怖感、どこから培ったのでしょうか。

おそらくは成育歴において、親より認めてもらえない、常に叱られ続けた。この経験より自己価値が低下。自分に自信のない人は人からの評価を過剰に気にする傾向があります。
それは、人からの否定を恐れているからです。

成育歴の問題⇒自己価値低下⇒人からの評価を気にする⇒評価を下す人に恐怖を感じる。

この人に対する恐怖は、成育歴から自分には価値がないという学習、そしておそらくは、人を避ける傾向もあり、成長過程において人との交流もあまりなく社会的スキルの獲得が出来ず、ますます人との接し方が分からなくなり、人に対してますます不安や恐怖心を抱いているのだと思います。

したがって、この場合「心」とは、体験と学習により、自分が自分のことをどう思い、かつ対象(人)を自分がいかに認識するかによって、恐怖心が生じるのです。


b 水泳が怖い(人生の経験によって恐怖を学習したもの。もしくは未学習なものについて恐怖を感じる。)

この場合、以前水泳中や海で溺れた経験があるのかもしれません。
すると当然、水に対する恐怖は学習され、水泳に対して恐怖を抱くことでしょう。

でも、そうではなく。今まで水泳をしたことがなく、今回プールで泳ぐことをはじめて体験する子供だとしたら。水という得体のしれない中に飛び込むわけであり、水の中が未学習の子供にとって、水泳は恐怖ではないでしょうか。


c スピーチが怖い(未学習なものについて恐怖を感じる)

生まれてはじめて人の前で話す時、不安や恐怖を感じます。
人は誰しも経験のない対象に向かう時、または経験のないことを実行する時、不安、恐怖を感じるものなのです。

そして、ここで2つの結果に分かれます。

・スピーチがうまくいった。また話そうと思い次回よりスピーチに対する不安はあまり感じません。
・スピーチがうまくいかなかった。次回のスピーチに対して今回以上の恐怖を感じます。

さて、ここでお分かりと思いますが。
出来事に対して、どのような経験をするかによって、その同じ出来事に対する気持ち、「心」
は変わってくるのです。

スピーチがうまくいった人は次回は余裕かもしれません。
しかし、うまくいかなかった人は、不安や恐怖を抱き次回人前に立つことになるかもしれ
ないのです。


☆まとめ
「心」は在る。
・1つは本能的な心。極めて原始的です。
・1つは人生の体験により学習された心。自分が自分のことをいかに思うか、また何らかの対象に対する認知、評価を含む。

大きく分けてこの2つが「心の在りよう」として考えられるのではないでしょうか。


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