同情と共感




同情と共感の違いとは何でしょうか?
心理カウンセリングをしていても、この同情と共感の違いは考えさせられます。


「共感は、同情と混同されるべきではない。
同情は、もう一人の他者の経験によって同情的に動かされる感情と、ある程度それをもとにすることから生じるが、共感は他者と同じ立場に立ち、世界をその人の目で見て、しかも自分自身のリアリティとの接触を失わないというはるかに複雑で絶妙なプロセスを必要とする」

〜パーソンセンタード・カウンセリング デイブ・ミァーンズ&ブライアン・J・ソーン共著 ナカニシヤ刊より〜

分かるようで難しい解説ですね。

私が思う同情とは瞬間的に相手と同じ立場に立ち、相手と同じ感情を抱くように感じます。
例えばいじめを受けて成長した人の話しを、いじめを受けて成長した人が聞けば、同じいじめの経験から即感情が動き、感情を共有し合える。
このような感じです。
(もちろん同じ経験をされていなくても、感じる心の豊かな人は同情モードに入られます)
ですから、その話す相手と感情を共にするのに時間はあまりかからないです。
それは意識しなくても、感情が先行してどんどん動くからです。
相手の話している内容から感情が手に取るように伝わってくる。
この感覚でしょうか。

それに対して共感は趣が違ってきます。

それは共感については想像力が必要だからです。
話しをしている相手(クライエント)と同じ立場に立ち、相手の言っていることを理解して、相手の話している情景、状態、気持ち、その意味を理解しようと考え、想像しながら会話を進めていきます。
そして聞き手の想像した世界のもと相手に対して共感するのです。

ですから共感とはかなり知的側面が強いのです。

したがって心理カウンセリングにおいてクライエントの方の話しを理解しようとすると、当然心理カウンセラーの質問が増えくることがあります。
それはクライエントの方の話す内容を情報として、心理カウンセラーはクライエントの方の話をしている場面や経験を想像していくので、共感するためにクライエントの方と同じ場に立つためには情報が必要であり、質問が増えてしまうのです。

ですから共感とはクライエントの方の話しを心理カウンセラーがしっかりとインプットとして、あたかもクライエントの方が経験していることと同じ経験を、頭の中で想像して構築していくのです。

そのために必要なことはカウンセラーがクライエトの方の話しを無条件に受け入れることです。
すなわちカウセラーが自分の意見や価値観という枠をはずして話しを聴くことが大切なのです。
この枠をはずさないとクライエントの方の話しを素直に聴くことが出来ず、想像力も働かず、結局は知的レベルにおける共感が出来ないのです。

共感するためには、クライエントの方の話しを同じ目線で伺い、自分の枠をはずして素直に話される内容を受け取り、想像力を働かせて、クライエントの方の話す場面や経験をイメージするのです。
そして、そのクライエントの方の話す場面や経験に対して共に感じながらも、少し距離を置き感情にのみこまれないことも必要でしょう。


ある話しを聴き終えます。
同情の場合は「かわいそうに」
共感の場合は「お辛い体験をされたのですね」

このように返す言葉は変わってきます。
同情の「かわいそうに」は話し手と聴き手が完全に一体化した感じがします。
それに対して「お辛い体験をされたのですね」は、話し手と聴き手に少し距離感がある感じです。
この距離感こそが知的要素が入っているというではないでしょうか。

同情が感情一体化に対して、共感は知性と感情が混然としている感じです。

心理カウンセリングにおいて、「知」と「情」をいかに考えるか。
底の深い問題だと思います。


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